大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3412号 判決 1968年11月28日

原告

小林一隆

ほか一名

被告

タカラネクタイ株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告小林一隆に対し三〇万円、原告小林隆久に対し二万九三七〇円およびこれらに対する昭和四三年四月一三日から各支払ずみに至るまで各年五分の割合による金銭をそれぞれ支払え。

原告小林一隆のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を被告らの連帯負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告ら「被告らは各自原告小林一隆に対し四〇万円、原告小林隆久に対し二万九三七〇円およびこれらに対する昭和四三年四月一三日から各支払ずみに至るまで各年五分の割合による金銭をそれぞれ支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

被告ら「原告らの請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

二、原告らの請求原因

(一)  交通事故の発生(原告小林一隆の受傷)

昭和四二年二月二三日午後一時三〇分頃、東京都荒川区西尾久一丁目二一番一二号附近の道路において、被告鳥海寛治の運転する軽四輪自動車(登録番号六三―KBDA、以下被告車という。)が、原告小林一隆に衝突し、よつて同原告に対し右脛腓骨骨折の傷害を与えた。

(二)  被告らの地位

被告鳥海は被告車を所有し、被告タカラネクタイ株式会社(以下被告会社という。)の従業員であり、被告会社はその業務の執行のため被告鳥海に被告車を運転させていたものであつて、被告らはいずれも被告車を自己のため運行の用に供する者である。

(三)  原告らの蒙つた損害

(1)  原告小林隆久の損害―治療費等・交通費合計二万九三七〇円

原告一隆は、昭和四二年二月二三日から同年五月二日まで七〇日間にわたり、東京都北区田端新町二丁目二三番三号通称田端中央病院等において、前記受傷の加療をうけたものであるが、これがため同原告の父である原告隆久が治療費等二万三六五〇円、交通費五七二〇円を支出負担した。

(2)  原告小林一隆の損害―慰藉料四〇万円

原告一隆は、本件受傷当時二才余の幼児であつたところ、前記のとおりの重傷を受け、遊びざかりの時期に、約一か月間局部をギブス固定され、その後も熱気浴、マツサージ療法をうけ、二か月半にわたつて通院加療を余儀なくされ、苦痛と身体の不自由と不眠のため食事は進まず、物を投げる等ヒステリツクになり、外傷治癒後も患部の痛みを遺し、現に昭和四三年初冬の厳寒時にはその痛みを訴えていたもので、加え自動車に対して極度の恐怖観念を覚え、その音がしただけで逃げ出すほどであり、二才時から三才時に至る性格形成期に本件交通事故に遭遇したため、憶病な性格に形成される懸念もある。なお原告隆久および母久恵は、一隆の受傷に際し、徹夜看病し、神経質になり、身体もやせ、夫婦生活にも職業上も種々不利な影響を蒙つた。これら原告一隆の精神的苦痛の慰藉料としては四〇万円が相当である。

(3)  よつて被告ら各自に対し、原告一隆は四〇万円、原告隆久は二万九三七〇円およびこれらに対する本件不法行為後であり、訴状送達の日の翌日である昭和四三年四月一三日から各支払ずみに至るまでいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、被告らの答弁および抗弁

(一)  請求原因(一)(二)の事実中、原告一隆の傷害の程度は不知、その余の事実は認める。同(三)の事実は不知

(二)  抗弁

(1)  被告鳥海は被告車の運行につき注意を怠らなかつたし、被告車には構造上の欠陥も機能上の障害もなく、本件事故は原告らの一方的過失により、発生したものであるから被告らには賠償責任がない。すなわち本件道路は両側に二・二メートルの歩道を控え、ガードレールによつて防護された車道幅員六・一メートルの見とおしのよい舗装道路であるところ、被告鳥海は被告車を運転して、指定最高速度を一〇キロメートル下廻つた時速約三〇キロメートルで該道路中央部附近を進行中、突如原告一隆が被告車に全く気づかないでガードレールの間から車道にとび出したので、同被告はこれを発見するや、直ちに急制動等避譲の措置をとつたものの及ばず、原告一隆は被告車の後部バンバー附近に自ら衝突して、本件事故に遭遇したものである。

(2)  仮りに被告らに賠償責任があるとしても、右のとおり本件事故は、原告一隆において被告車の動静に全く配意しないで車道にとび出した過失により発生したもので、本件事故現場は原告らの住居にきわめて近く、交通量も多く、幼児の一人歩きには危険な場所であるのに、原告一隆の一人歩きに任かせ、車道上への進出につき適切な注意も与えなかつた点で、両親である原告隆久および久恵にも監督上の過失がある。

四、抗弁に対する原告らの答弁

抗弁事実をいずれも否認する。

五、証拠 〔略〕

理由

一、原告ら主張の請求原因(一)(二)の事実は、原告一隆の蒙つた傷害の程度を除き、当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば原告一隆は受傷直後、訴外通称田端中央病院において診察をうけたところ、右足関節に圧痛および発赤を呈し、跛行しており、レントゲン線検査により脛腓骨に亀裂骨折を蒙つていることが判明したので、同日から同年五月二日まで約七〇日間にわたり延二〇回位、タクシーを利用して通院し、ゼノール湿布のうえシーネ、ギプス固定をなし患部の安静を保つとともに、熱気浴、マツサージ療法をなし、内服薬等を併用し、中途数回レントゲン線検査をうけた結果、受傷後二〇余日経過してギプス固定を除去し得、五月初旬頃には概ね全治したものの、時に局所の痛みを訴えることがあり、昭和四三年一月の厳寒時には、かなりの痛みを覚えたが、少くともその後は痛みを訴えることがないこと、なお頭部外傷の疑があつたため、昭和四二年三月下旬頃訴外通称浦和神経サナトリウムにおいていわゆる脳波検査をうけたが、格別異常所見はなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

叙上事実によれば、被告らはいずれも被告車の運行供用者として、原告らの蒙つた後記損害の賠償責任を負担すべきところ、被告らはいわゆる免責を主張するので、検討する。成立に争のない甲第二三号証の一ないし四、乙第一号証の一、二、原告小林隆久、被告鳥海寛治各本人尋問の結果を総合すると、本件事故発生現場は、北方小台方面から南方田端方面に商店と住宅の混在する市街地を南北に通ずる道路上で、両側には幅二メートル余の歩道を控え、ガードレールと縁石を境に幅六メートル余の平坦なアスフアルト舗装の車道からなり、車道は直線でみとおしがよく、最高速度を時速四〇キロメートルと指定制限されているほか格別の交通規制はなく、比較的交通頻繁な道路であること、事故発生現場から南北両方に各一〇〇メートル位の地点に横断歩道の標示が設けられているものの、両標示間の歩道際には東西に一か所宛ガードレールの切れ目があるが、二つの切れ目は斜めに向いあつており西側の切れ目から歩道に直角に分岐する小路傍に原告らの住居があり、東側の切れ目附近が事故発生現場であるが、附近住民のうちにはこれらの切れ目から車道を斜行横断するものがあつたこと、被告鳥海は本件道路を月一回宛位通行していたものであるが、事故発生当日被告車を運転して小台方面から南進中、直前の信号機設置場所附近からはやや減速し、四段ギヤー構造のトツプながら時速三〇キロメートル程度で、前車とは五、六メートルの車間距離を保ち、車道左側端へ二メートル弱の余地を残して南進する車列の中にいたところ、現場附近にさしかかつた際、進路左前方約一〇メートルの前記ガードレールの東側切れ目附近の歩道に二、三才児とみられる原告一隆が佇んで彼此きよろきよろ見廻しているのを発見し、これを監護する者が附近にいないことにも気づいたものの、同原告が車道に出てくることはないものと考え、警音器も吹鳴せず、減速もしないで、専ら直前方の車列に注意力を集中して走行するうち、前記切れ目附近に達したとき、約二メートル左側方から車道に出ようとする原告一隆の動静に気づき、とつさに急制動措置をとつたものの及ばず、被告車の後部バンバーに接触されたため、同原告はその場に転倒したこと、被告車は衝突地点からやや空走前進したのち停車したが、前車とはもちろん、後車も追突しないで停車したことが認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

右事実によれば、本件事故は、被告鳥海において事故発生を未然に防避しうる程度の時間的空間的余地を存した状況で監護者のつきそわない幼児である原告一隆が、ガードレールの切れ目の歩道にいるのに、車道を横断することはないものと速断し、警音器も吹鳴せず、減速もせず、同原告の動静に全く注意力を配分しないまま漫然時速約三〇キロメートルの速度で進行を続けた過失と、連続する車両の間隙に突如進出した原告一隆の行為とによつて惹起されたものと認められるから、その余の判断をなすまでもなく、被告らの免責の抗弁は排斥を免れない。

二、原告らの蒙つた損害

(1)  〔証拠略〕によれば、原告一隆の受傷加療のため、原告隆久は、前記田端中央病院、浦和神経サナトリウムに合計二万三六五〇円の治療関係費用の支出を余儀なくされ、通院交通費に少くとも合計五七二〇円の出捐をなしたことが明らかである。

(2)  原告一隆の加療の経過と結果に関する前記認定事実に原告隆久本人尋問の結果を総合すると、原告一隆が本件受傷加療のため長期にわたつて苦痛を蒙つたばかりか、事故発生後一年間にわたつて時に局所の苦痛を覚え、現になお自動車に対する恐怖心に悩まされていること、原告隆久および母久恵が自宅療養・通院加療のため介助を余儀なくされ、家族生活にも原告隆久の職業遂行上も種々不利益をうけたものと推認されるので、原告一隆の精神的苦痛の慰謝料としては、後記原告らの過失を斟酌しても、なお三〇万円とするのが相当である。

(3)  過失相殺についての判断

〔証拠略〕によると、原告一隆の両親である原告隆久および母久恵は、児童の遊び場が殆んどなく、交通頻繁な市街地に住んでいることから、事故発生当時二才余の原告一隆に対し、平常交通の危険と安全につき訓戒していたことが認められるものの、原告一隆の一人歩きにまかせていた結果、前認定の態様による交通事故に遭遇させたことも明らかであるから、本件事故発生につき原告らの側にも過失があるといわなければならない。しかし原告隆久らは原告一隆の看護介助のため自宅療養にも通院にも附き添う等労務の提供と心労とを余儀なくされたものと推認されるところ、財産的損害としては前記のとおり治療費等・交通費(いずれも第三者に対する現実の出捐であつて、その旨の証憑を確保していて、本訴で提出したもの。)を訴求するだけであるから、これらにつき原告ら側の過失を減額要素として斟酌することは相当でないと解する。

三、よつて被告らは各自原告一隆に対し三〇万円、原告隆久に対し二万九三七〇円およびこれらに対する本件不法行為後であり、訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年四月一三日から各支払ずみに至るまで各民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告一隆の本訴請求は右限度で、原告隆久の本訴請求は全部正当であるから認容し、原告一隆のその余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 薦田茂正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例